西王母 歴史
犬山祭は、1635年(寛永12年)にから始まったようですが、中本町は、1649年より車山(やま)を出しています。
当時のからくりは、「龍門の滝」という今とは違った演目でした。その後、「西王母」に替えられ、1776年に人形師竹田藤吉によって、現在の「西王母唐子遊び綾渡り」に作りかえられたと言います。
車山名「西王母」もこのからくりから付けられました。
車山の中山の勾欄は1814年と1840年に修復され、1976年に225万円かけて修理されました。今も使われている樂太鼓は、1835年当時からのもので、1867年に作られた下山の水引きは全国刺繍大会に特別出品されたものです。
また、車山の車輪は方円式作りで、木口全体が円周に対して直角に作られているため、車輪の摩擦を少なくし、しかも均一にする効果があります。13町内で唯一の形です。
2002年に9代目玉屋庄兵衛さんによって全面修復されました。


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